| ■ 信徒の証 |
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| | 子羊クラスのめぐみ ― 土門賀陽子 |
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| | 私は今、この教会で子羊クラスという母子教室をさせていただいている者です。 |
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| | 小さい頃の私は、「人は何のために生きているんだろう?」と考えるような子どもでした。けれども答えを見出せないまま、思春期を過ぎ、成人式を迎える頃には、自分のやりたいことを見つけて、自己実現していく、それこそが最も幸いな道であると思うようになっていました。
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| | そんな私が最初に選んだ仕事は、中学校の先生でした。教えることが好きだったからですが、私自身未熟なこともあり、金八先生やごくせんのようにはいかず、40人という人数の前に自分の能力の足りなさを感じて3年後結婚を機にやめることにしました。 |
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| | 次に私が目指したのは、1対1で子どもと触れ合うことのできる養護学校の先生でした。新たに養護学校教諭の免許を取り、いざ採用試験を受けようとしたところ、なんとその年の新規採用は0(セロ)で、募集自体がないとのことでした。自分の力ではどうすることもできず、せっかく取った免許でしたが、あきらめざるを得ませんでした。 |
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| | 次に私が選んだのは、施設で保母として働くことでした。どうしても子どもと関わる仕事がしたかったのです。今後は保育士の免許を取り、念願がかなって施設で働くことになりました。 |
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| | ところが働いて半年がたたないうちに、結婚し、流産してしまったのです。そのショックは大きく、悩んだ末、いったん仕事をやめて子育てに専念することにしました。ところが今度は肝心の子どもがなかなか出来ません。欲しい欲しいと思ってもできないのです。 |
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| | 何ヶ月も何ヶ月も待つうちに、私はいつの間にか、この世界はもともと意味はなく、ただ偶然が重なって私が今ここにいるだけのことではないか、と思うようになっていました。生きること自体もむなしさを感じるようになっていたのです。 |
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| | そんな私に神様は一人のクリスチャンを送ってくださり、その方を通して教会に導かれ、聖書を学ぶようになりました。学ぶにつれて、この世界は決して偶然ではなく、神様が目的を持って創られていること、一人一人に神様が計画を持っておられることを知るようになりました。 |
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| | 私はいつの間にか自分のやりたいことを探すのをやめ、神様が私に何をさせたいと思っておられるかを考えるようになっていました。そのような中で、この招待教会に導かれ、母子教室と出会うことになったのです。自分のやりたいことにつき進んでいた時は、途中で投げ出したりあきらめたり行き詰まっていました。けれども、母子教室は私がやりたくて始めたものではありませんでした。それは神様が備えてくださったものであり、そしてそれは私にとって最善のものでした。 |
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| | 母子教室を通して神様に愛されていることを、子どもだち、お母さんたちに伝えられることは大切な喜びであり、困難はあっても決して行き詰まることはなく、足りないように見えても必要なものはすべて与えられてきました。何よりもこの働きを通して、神様ご自身を深く知り始めています。それは本当に言葉で言い表せない恵みです。 |
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| | 現在、7年目に入り、何人かのお母様がサポートスタッフとしてこの働きに加わってくださっています。また、その中から神様と出会う方が起こされ始めていることも感謝です。これからもこの先、この働きがどのように用いられていくのか、私には分かりませんが、必ず神様が責任を持って導き、ご自身の栄光を現してくださると思っています。 |
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| | 最後に、みことばをひとつお読みします。 |
| | 「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」 |
| | 詩篇19編21節 |
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| | 日々のみことば韓国研修のめぐみ ― 布施美千代 |
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| |  | | 1/17〜1/21、我が教会から12名、他教会よりあわせて32名で韓国へ向かいました。今回の研修の目的は、@一人一人のディボーションを充実にすること、 A分かち合いの小グループが活発になること、B韓国の中でも成長する教会、同じ戦いをもつ教会を訪問させていただくこと、の3つでした。目的以上に数え切れない、たくさんの恵みがありました。 |
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| | 個人的な恵みをお分かちさせていただきます。 |
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| | 私は、6年前、クリスチャンになってすぐに一度、この韓国日々のみことば研修に参加させていただいています。ディボーションの素晴らしさ、また分かち合うことの素晴らしさを学び、これまでの信仰生活もその素晴らしい恵みの中を歩まさせていただきました。 そのときの研修では国を超えた小グループの分かち合いや祈りを体験し、また早天祈祷などの神体験をとおして毎日聖霊の感動を受けたことをはっきり覚えています。 |
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| | 今回、この研修が今年で最後かもしれないということを聞き、クリスチャンになりディボーション生活をしてから丸6年、もう一度基本を見直し、原点に立ち返りたいという思いと、今回再編成された新しいチャペルのアシスタントとして、その働きがスタートする前に、神様の御声が聞きたいという祈りを持って参加しました。 |
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| | 私たちは招待長老教会、地球村教会、五輪教会の3つの教会を訪問し、証やメッセージ、小グループの見学などをさせていただきました。 |
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| | どの教会もすばらしい教会でした。 建物なども素晴らしかったですが証される一人一人が本当にすばらしかったです。 |
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| | これらの教会訪問を通して語られたことは、ディボーションは聖書勉強ではなく神との出会いイコール礼拝であり、漠然とした神様から生ける具体的な神体験である。 みことばに照らされるディボーションが私を変える力であり、決断、献身であり、人生のナビゲーションであり、生きる道であり、豊かな食卓であり、苦しむときの慰め、避けどころであり、癒しであることを再認識しました。 そして日々神体験する生ける現場が教会であり、神の民の群れであること。そして、神の民の群れイコール神の臨在を体験するところであることを再確認しました。 |
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| | ある方の証では、中高生もディボーションをして分かち合いをしていることをききまして、我が教会の中高生にも是非チャレンジしていきたいと思いました。 またご夫婦で毎朝6:00からディボーションし、手を取り合って祈っているという証をきいて、私もいつか結婚をしたらそういうような夫婦生活、家庭形成をしていきたいなあと憧れる気持ちをいただいて帰ってきました。 |
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| | セルグループの方はこれまで趙先生がメッセージを通して語り、教えてきてくださったことをもう一度韓国の先生、また韓国教会を見て教えられ語られてきたと思います。 韓国地球村教会では、子供のグループを混ぜて1800ものセルグループがあります。 3年前にセルグループを中心とした教会形成に変更してセルグループを大事にするのではなく、セルグループを中心とした教会に変えてきたという証を聞きました。 |
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| | セルグループは聖書勉強のグループではなく、またカウンセリングのグループでもなく、 お互いの歩んできた日々の礼拝、=ディボーションー=神体験を分かち合う場、お互いの生き方を分かち合う場、励まし祈り支えあう愛の実践の働き場である。また何に仕えていきていくべきか、示されたことを分かち合い実践していく宣教の働き場であることを分かち合って下さいました。 愛の実践では、本当の家族以上に互いを支えあい、養いあう霊的成長の場として用いられたり、また新しく来る方を暖かく迎えたりする。また宣教の働きとして、グループ単位で各地の宣教師とコネクトを持って具体的に献金をしたり、現地を訪問したりして、仕えているということでした。 |
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| | そして、そのセルグループのリーダーといわれる方々の働き、また信仰の姿勢から教えられたことがあります。 リーダーはよく祈り、ディボーションによって神様との関係も独立した成熟したクリスチャンで、 具体的にメンバーのために祈り、電話で分かち合いをしたり、普段からよくフォローされていました。 しかしそのような成熟したクリスチャンではありますが御言葉の前に、神の前に罪人であり足りないところ、弱さをオープンして祈られているということです。 互いに教え互いに戒め、励まし、慰めを受ける。リーダーであっても祈られる恵みに預かることはとても大切だと思いました。なかなか弱さをオープンに出来ないのが私の弱さですがとてもチャレンジを受けました。 |
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| | 今回の研修を通して神様が私達に建てている計画が大きいことを確信しました。 我が教会もホームチャペルを中心とした教会に変わろうとしています。 僅かなものが活躍する教会ではなくすべてのものが主の働き人となりこの地の果てにまで主をのべ伝えていくならば教会が変わり、世界が変わると確信します。 まずは私自身が変わらなければいけないと思います。 そしてホームチャペルが生かされるとき、福音宣教が前進すると信じます。 この一年、御言葉に聞き、聖霊のたすけによって従い、日々実践し、群れをとおして神体験していきたいと強く願います。 |
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| | 我が教会はクリスチャンになる前からディボーションを教えられまた分かち合う家族がある備えられた教会だと思います。 感謝し、主に期待し、歩んでいきたいと思います。 |
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| | 皆さんお祈りありがとうございました。 |
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