我が家は、旧会堂建設とともにこの24年間を教会堂の中に設けられた牧師館で過ごしてきました。すべての牧会者たちの意見が、基本的に教会堂と牧師館は別にすることが良いと考えられていますが、我が教会の都合上、教会堂の中に牧師館を造り、暮らしてきました。

都合上という意味は、経済的な問題が一番大きな要因でした。教会堂を建設するため多額の負債を負っている教会が牧師館を別に設けるのは、経済的な負担が増し加わることでした。もちろん別の管理者を雇わず、牧師が教会堂を管理するということも教会の経済的負担を減らすことでした。

今まで大きな教会堂の中で一番多くの時間を過ごし、管理の負担を抱えてきた妻の呉今煥師の苦労を覚え、またご協力くださった信徒の皆さんに感謝致します。

主のお導きで2年前、教会の近くに教職者舎宅(マンション)を設けることになりました。教会に財政的余裕があったからではなく、教会債券を発行、購入し、財政が与えられ次第債務を返済していく計画です。

そして築27年のマンションでしたので、現在約600万円の予算でリフォーム工事が行われており、感謝なことに指定献金で約400万円が集められたと聞いています。献金してくださった信徒たちの愛の献身に深く感謝致します。近いうちに不足な部分もみな満たされると信じ祈ります。

これから我が家は、リフォーム工事が終わる7月初めから引越しが可能となり、少しずつ荷物を運ぼうとしています。副教職者として赴任される武田伝道師が8月23日に帰国するので、それまでは教会堂の管理責任もしなければと思っています。続けて教会を愛する信徒たちのお支えがあると信じます。

そして、新しく引越しされて来る伝道師家族が教会堂の管理が負担にならないように、 すべての部屋にカメラを設置し、出入口の遠隔操作が可能な防犯管理機能を強化する工事をしようと思います。教会を愛する牧会者と信徒たちが共に礼拝堂を守り、主の祈りの家としてしっかりと維持できるように願っています。 日本語の週報 ダウンロード↓↓
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4433430dbヒューストンソウル教会の元老牧師であるチェ・ヨンギ牧師が「老いることは物悲しい」とおっしゃっていました。映画やドラマを見るときに特にそうだと言います。これらを鑑賞する面白さは、自分が主人公になって危機を乗り越え、恋に落ちることです。しかし、老いると自分が主人公ではなく、脇役やエキストラとして出てくる年取ったおじいさんだと気づき始めます。それが頑固だったり、助けを必要としたり、やっかいな老人だったりします。自分もそのようになると思うと、物悲しさを感じられるそうです。

 私もまたそのような感情になる時があります。大人げないと言われるかわかりませんが、いまだに愛の詩を読めば胸がドキドキし、偉人伝を読むと心躍るのです。

 時々、天国の希望なしに生きている人々はすごい人たちだという気がします。もし、この世がすべてで天国がなかったら、私は深い虚しさとうつ病に陥るでしょう。いつか朽ちない体、栄光の体へ復活するという希望があるので、老いることも受け入れられるのだと思います。

 財産がある親たちが子どもたちに財産を分けてやらず、権力を握っている人々が後輩たちに権力を渡さない理由がわかります。主演の座を渡して、脇役やエキストラになるのが怖いからです。

 だから、私は数年後にある「引退を美しく備えるべきだ」という決意を固めるのです。  多くの牧師たちが引退後にも以前と同じような影響力を発揮しようとするので、後任者との葛藤が生まれるのだと思います。私は主任牧師である期間に熱心に働き、引退後には静かに任された自分の、また他の人生に忠実であろうと決意しています。

 復活の希望を大切にし、老いていく自分の人生を静かに受け入れ、美しく年を取っていく方法を学んで生きていきたいと願っています。だからと言って、100才の時代が来たと言われていますが、夢もなく生きる年寄りになるのは嫌です。若者たちともこれからの時代の流れについての討論もし、ビジョンも分かち合えるかっこいい年寄りになりたいです。老いは成熟した世界へ進み入ることだからです。