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 先週の月曜日から水曜日まで、私は九州地方を訪問してきました。訪問の目的は難しい宣教の働きの中でも、新約教会の姿を回復するために家の教会をしておられる先生、宣教師の方々にお会いして、励まし、交わりを持つためでした。みなさん私の訪問に合わせて時間を割いてくださり、猛暑の中でも福岡市の博多駅の近くにあるビジョン教会に集まってくださいました。お越しくださった4つの教会の先生たちは、いろいろな形で私と、我が教会とご縁があった方々でした。
 ある方は、我が教会で開催した第1回の家の教会教職者セミナーに参加された方でした。セミナーを受けてから時間が経ちましたが、家の教会の感動と恵みを忘れずに覚えておられました。今の教会に就任して間もなかったのですが、4つの牧場を立ち上げ、熱心に仕えておられました。
 また、別の方は1年半ほど前に関東から九州地方の教会に就任された方でした。赴任した直後だったため非常に慎重でしたが、神学生の時に私たちの教会を通して学んだ家の教会を必ず実行したいという牧会の決心があったそうです。しかし、招待キリスト教会が他教団に属する教会であるため、家の教会を導入することに疑問を持つ信徒の方もおられました。幸い祈りの中で主からいただいた知恵により、同じ教団に属する千葉県の袖ケ浦教会を通して家の教会をよく学ぶようになり、すぐに牧者が立てられ、とても感謝しておられました。
 もう一人の方は、神学生の時に四年の間、我が教会で奉仕した方でした。家の教会を通して今年も数人の方に洗礼を授け、多くの魂の救いの喜びを味わっておられました。過去を振り返ると、この方が神学生の時に特別に教会を助けたり、開拓するときに力を貸してくださった記憶はありません。しかし、この先生は話すたびに、招待キリスト教会を通して、また趙牧師を通して朝のディボーション(QT)、とりなしの祈り、家の教会など、たくさんのことを学んで非常に感謝していると話していました。
 しかしある方は、家の教会を通して教会を開拓したものの、牧場が安定していないためか、健康まで心配するようになって数年間苦しんでおられていました。私は遠く離れたこの先生の教会を訪問して先生ご夫妻の悩みを聞き、足りないながら私の経験を分かち合いながら食事をご馳走しました。そして、これから牧者として立てられる二人の方にも会い、私が家の教会をはじめるきっかけになった聖書の教えと我が教会の今までの証を分かち合いました。帰り道に先生ご夫妻は私の手を握りしめながら、「どうしたら良いか分からなかった時に来てくださり、とても感謝です」と涙を流しながら別れを惜しんでおられました。感謝は条件によるものではないことを感じて教えられる旅となりました。

趙 南洙師



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 家の教会を形成する先生たちが口を揃えて話すことがあります。それは「増殖は家の教会の花だ」という言葉です。牧場が増殖することは、イエス様のように仕える生き方をしたいと決心するもう一人の牧者(弟子)が立てられることでしょう。したがって、牧場の増殖は確かに家の教会の働きの「花」とも言えるのです。
 しかし問題は、牧場が増殖する時に、牧者が心に抱いて祈ってきた方に牧者となることを提案したけれど断られる時です。これにより、増殖のタイミングを逃すだけでなく、牧者は牧場の働きに対して自分を低く評価し、失敗感を覚えるようになります。ですので、今日は増殖を多く経験されたある方の知恵を分かち合いたいと思います。
 増殖を備えておられる牧者の方は、このようにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。ある日の牧場の交わりで「私たちの牧場は、今度増殖せざるを得なくなりました。なので、神様は私たちの中で誰が新たな牧者として立てられることを望んでおられるか、私たちが投票して主に尋ねてみたいと思います。来週の交わりの時に投票しますので、一週間祈ってから来てください。」と事前に告知します。
 翌週、牧場の交わりが終わる頃に投票用紙を配ります。そして、私たちの中でどなたが増殖した牧場の牧者として立てられるべきか、その人の名前を書いて事前に準備しておいた箱の中に入れるようにします。皆が投票して帰った後、牧者は一人で開票して確認し、翌日に最も票を集めた人に電話をかけて「牧場のメンバーたちは、あなたが増殖する牧場の牧者として仕えて下さることを望んでいます。これこそ神の召しであると思います。ぜひこの一週間祈ってから返事してください。」と伝えます。
 こうすることにより、牧者個人で勧める時と比べて大きく二つの面で変わることがあります。第一に、牧者個人が勧めることに比べて、すべての牧場のメンバーが自分を望んでいるということに異なる責任感を感じるようになります。また、その状況で拒否することは、牧者一人に対する拒否ではなく、すべてのメンバーに対する拒否になるため、拒否することに対する負担も大きくなります。第二に、祈ってみるようにと伝えたため、神様に祈らざるを得なくなります。そして、祈りの中でどんなふうにでも神様からの答えをいただくようになるでしょう。
 我が教会の牧場が増殖することは、主に喜ばれるもう一人の弟子が立てられることです。私たちが聖書の原則に知恵深く従いながら、魂の救いと弟子作りのためにさらに忠実になることを願います。

趙 南洙師