2024年 年間標語 年間標語 「神体験の教会」(詩篇34篇8節)
0
『老いは成熟の階段です』 牧師コーナー(486)
ヒューストンソウル教会の元老牧師であるチェ・ヨンギ牧師が「老いることは物悲しい」とおっしゃっていました。映画やドラマを見るときに特にそうだと言います。これらを鑑賞する面白さは、自分が主人公になって危機を乗り越え、恋に落ちることです。しかし、老いると自分が主人公ではなく、脇役やエキストラとして出てくる年取ったおじいさんだと気づき始めます。それが頑固だったり、助けを必要としたり、やっかいな老人だったりします。自分もそのようになると思うと、物悲しさを感じられるそうです。
私もまたそのような感情になる時があります。大人げないと言われるかわかりませんが、いまだに愛の詩を読めば胸がドキドキし、偉人伝を読むと心躍るのです。
時々、天国の希望なしに生きている人々はすごい人たちだという気がします。もし、この世がすべてで天国がなかったら、私は深い虚しさとうつ病に陥るでしょう。いつか朽ちない体、栄光の体へ復活するという希望があるので、老いることも受け入れられるのだと思います。
財産がある親たちが子どもたちに財産を分けてやらず、権力を握っている人々が後輩たちに権力を渡さない理由がわかります。主演の座を渡して、脇役やエキストラになるのが怖いからです。
だから、私は数年後にある「引退を美しく備えるべきだ」という決意を固めるのです。 多くの牧師たちが引退後にも以前と同じような影響力を発揮しようとするので、後任者との葛藤が生まれるのだと思います。私は主任牧師である期間に熱心に働き、引退後には静かに任された自分の、また他の人生に忠実であろうと決意しています。
復活の希望を大切にし、老いていく自分の人生を静かに受け入れ、美しく年を取っていく方法を学んで生きていきたいと願っています。だからと言って、100才の時代が来たと言われていますが、夢もなく生きる年寄りになるのは嫌です。若者たちともこれからの時代の流れについての討論もし、ビジョンも分かち合えるかっこいい年寄りになりたいです。老いは成熟した世界へ進み入ることだからです。
私もまたそのような感情になる時があります。大人げないと言われるかわかりませんが、いまだに愛の詩を読めば胸がドキドキし、偉人伝を読むと心躍るのです。
時々、天国の希望なしに生きている人々はすごい人たちだという気がします。もし、この世がすべてで天国がなかったら、私は深い虚しさとうつ病に陥るでしょう。いつか朽ちない体、栄光の体へ復活するという希望があるので、老いることも受け入れられるのだと思います。
財産がある親たちが子どもたちに財産を分けてやらず、権力を握っている人々が後輩たちに権力を渡さない理由がわかります。主演の座を渡して、脇役やエキストラになるのが怖いからです。
だから、私は数年後にある「引退を美しく備えるべきだ」という決意を固めるのです。 多くの牧師たちが引退後にも以前と同じような影響力を発揮しようとするので、後任者との葛藤が生まれるのだと思います。私は主任牧師である期間に熱心に働き、引退後には静かに任された自分の、また他の人生に忠実であろうと決意しています。
復活の希望を大切にし、老いていく自分の人生を静かに受け入れ、美しく年を取っていく方法を学んで生きていきたいと願っています。だからと言って、100才の時代が来たと言われていますが、夢もなく生きる年寄りになるのは嫌です。若者たちともこれからの時代の流れについての討論もし、ビジョンも分かち合えるかっこいい年寄りになりたいです。老いは成熟した世界へ進み入ることだからです。