2024年 年間標語 年間標語 「神体験の教会」(詩篇34篇8節)
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『再び心燃やされますように』 牧師コーナー(570)
ある田舎の町には素晴らしい景色の渓谷があります。そこには噂を聞いてくる多くの
観光客でいつも賑やかでした。ある日、水深が深く流れが激しい場所で一人の観光客が足を滑ってしまい渓谷に落ちてしまいました。そのままでは命が危ない状態になって
いましたが、誰も渓谷に落ちた人を助けようとしませんでした。その時、旅中の一人の男が自分の身を投げ、落ちた人を救出することができました。この光景を見ていた人々は歓声をあげながら彼の献身をほめ、その町の人々は彼に尊敬の意を表しました。しかし残念ながらその次の日も、もう一人の人が渓谷に落ちてしまいました。再び彼は渓谷に飛び込み、
人命を救助しました。 素晴らしい人命救助に感動した町の人々は自分たちの気持ちを集めて、彼の生活を 支えることにしました。そして可能ならその町の人命救助隊の責任を担ってくれるように お願いしました。彼もいつかは責任を担うべき人が必要であると認識したので、自分が その町に住みながらその責任を担うことになりました。
この救助隊員が町の人々から尊敬されている姿を見ていた町の若者たちの中で、興味を持っていた数人が訪ねて来てその仕事を学ぶ事になりました。時間が経ち、建物が建ち、 看板も上げ、朝から晩まで人命救助の理論を熱心に教えました。全てが整えられ、 システム的に安定していました。しかし相変わらず以前のように渓谷に飛び込む人は 絶えませんでした。
この物語は今日の教会に聞かせる皮肉な教訓であると思いますが、わが教会は冷静に 聞き給わるべきだと思います。わが教会は過ぎた32年の間、リバイバルを経験して 来ました。ところが最近は教会が上手く回るシステム構築の大事さを認識し、自分たちの 価値を認められたいという雰囲気が根強くなった気がします。以前のように献身的な奉仕の姿勢が弱くなっている今の様子に息苦しさまで感じております。
増殖すべきなのに予備牧者が立てられない状態が続きます。教会の存在目的である 魂の救いのために献身する信徒が見えなくなり、悲しみを感じます。再び心燃やされる ように祈りたいです。魂の救いによる証が全牧場から聞こえるべきです。魂の救いのために献身する信徒が再び起こされるべきです。
人命を救助しました。 素晴らしい人命救助に感動した町の人々は自分たちの気持ちを集めて、彼の生活を 支えることにしました。そして可能ならその町の人命救助隊の責任を担ってくれるように お願いしました。彼もいつかは責任を担うべき人が必要であると認識したので、自分が その町に住みながらその責任を担うことになりました。
この救助隊員が町の人々から尊敬されている姿を見ていた町の若者たちの中で、興味を持っていた数人が訪ねて来てその仕事を学ぶ事になりました。時間が経ち、建物が建ち、 看板も上げ、朝から晩まで人命救助の理論を熱心に教えました。全てが整えられ、 システム的に安定していました。しかし相変わらず以前のように渓谷に飛び込む人は 絶えませんでした。
この物語は今日の教会に聞かせる皮肉な教訓であると思いますが、わが教会は冷静に 聞き給わるべきだと思います。わが教会は過ぎた32年の間、リバイバルを経験して 来ました。ところが最近は教会が上手く回るシステム構築の大事さを認識し、自分たちの 価値を認められたいという雰囲気が根強くなった気がします。以前のように献身的な奉仕の姿勢が弱くなっている今の様子に息苦しさまで感じております。
増殖すべきなのに予備牧者が立てられない状態が続きます。教会の存在目的である 魂の救いのために献身する信徒が見えなくなり、悲しみを感じます。再び心燃やされる ように祈りたいです。魂の救いによる証が全牧場から聞こえるべきです。魂の救いのために献身する信徒が再び起こされるべきです。