2024年 年間標語 年間標語 「神体験の教会」(詩篇34篇8節)
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『チャーチスクールを建てられるなら』 牧師コーナー(572)
この私が次世代のためにチャーチスクールに対するビジョンを紹介して丸3年が
過ぎました。具体的に2015年9月23日、わが教会が所属している神奈川伊豆宣教区の
集会にて「教会と教育」というプレゼンテーションをし、参加された多くの方々から
共感していただいた覚えがあります。
まず、なぜ教会がチャーチスクールを建てるべきかについて、学校教育の歴史的な 背景から説明いたしました。宗教改革以前、つまり8世紀より始まったヨーロッパの学校は全てが教会によって建てられ、運営されていた歴史がありました。宗教改革後には、 いわば二つの国(政府)説により、教会による魂の救いと敬虔を追求する教育と国家に よる市民の平和と秩序を追求する教育への新しいパラダイムが構築されることになります。この時、教会と国家は互いに対立した関係ではなく、互いの違いはあるけれど同じ目的を 目指している神の道具として理解し、ともに学校を建てる意識が宗教改革の伝統のもと 確立されました。
日本に西洋式学校が建てられたのも欧米の教会(宣教師)の支援下でのことでした。 しかし、今日において、教会による学校教育がなくなり、国家によって管理されている 学校教育により、元々追求すべき正しい教育の指標が崩れてしまい、学校崩壊という言葉が頻繁に聞こえてから長い時間が経ちました。
それで次世代のために、最も小さなからし種を蒔く作業になると思いますが、御殿場の 日本宣教研修センターの施設を活用して全寮制チャーチスクールを建てるチャレンジを 受けることになりました。まず日本に来ている宣教師の子弟、わが教会の子弟、そして 他教会の子弟、それも日本人と中国人、韓国人の子弟らが一緒に学ぶならば、東北アジアと世界の平和のために用いられる未来のリーダーたちを育てることができると確信したからでした。この働きのために、すでに献身を表明した同僚者もいますし、直接教える 教師として参加したいと備えている方もいます。
もし、わが教会が承認してくださるなら、もうすぐ引退する私はこのミッションに 献身したいと思います。このミッションは決して簡単ではないと思いますが、主がわが 教会に任せて下さった使命であるならば、必要な人材、財政、施設、そして学生を 集められると信じます。
まず、なぜ教会がチャーチスクールを建てるべきかについて、学校教育の歴史的な 背景から説明いたしました。宗教改革以前、つまり8世紀より始まったヨーロッパの学校は全てが教会によって建てられ、運営されていた歴史がありました。宗教改革後には、 いわば二つの国(政府)説により、教会による魂の救いと敬虔を追求する教育と国家に よる市民の平和と秩序を追求する教育への新しいパラダイムが構築されることになります。この時、教会と国家は互いに対立した関係ではなく、互いの違いはあるけれど同じ目的を 目指している神の道具として理解し、ともに学校を建てる意識が宗教改革の伝統のもと 確立されました。
日本に西洋式学校が建てられたのも欧米の教会(宣教師)の支援下でのことでした。 しかし、今日において、教会による学校教育がなくなり、国家によって管理されている 学校教育により、元々追求すべき正しい教育の指標が崩れてしまい、学校崩壊という言葉が頻繁に聞こえてから長い時間が経ちました。
それで次世代のために、最も小さなからし種を蒔く作業になると思いますが、御殿場の 日本宣教研修センターの施設を活用して全寮制チャーチスクールを建てるチャレンジを 受けることになりました。まず日本に来ている宣教師の子弟、わが教会の子弟、そして 他教会の子弟、それも日本人と中国人、韓国人の子弟らが一緒に学ぶならば、東北アジアと世界の平和のために用いられる未来のリーダーたちを育てることができると確信したからでした。この働きのために、すでに献身を表明した同僚者もいますし、直接教える 教師として参加したいと備えている方もいます。
もし、わが教会が承認してくださるなら、もうすぐ引退する私はこのミッションに 献身したいと思います。このミッションは決して簡単ではないと思いますが、主がわが 教会に任せて下さった使命であるならば、必要な人材、財政、施設、そして学生を 集められると信じます。