約10年前私がメガーチャーチで副牧師をしていた時でした。 教会の礼拝会場案内をして いたのですが、ある教会員のお父さんが初めて娘に連れられ教会においでなりました。 私は 会場案内をしながら軽く彼らと挨拶を交わしたのですが、その数日後にその教会員から連絡が 来ました。 彼女が教会に初めて来たお父さんに教会の印象について聞いたところ、“あの、 会場案内をする青年(牧師であった私のこと)はもっと明るい笑顔で挨拶すべきだ。”と答え たそうです。 私は多分、会場案内に夢中で無意識的に表情が固まっていた可能性があったと 思いますが、顔の表情だけで教会に来る人に大きな影響を与えていることを始めて実感しまし た。 (実はそのお父さんとは韓国財閥企業の一つの社長さんでしたが、幸いに数年後他の教 会で救われ洗礼を受けたそうです。)

一方、二十数年前にアメリカの南カリフォルニアにあるクリスチャン大学であるBIOLA 校 を訪問する機会がありました。 そこは生徒数約3000人の学校でしたが、キャンパス内を 歩いていると通りがかった人はほぼ全員笑顔でHi (“こんにちは”)と挨拶してくれました。 当時高校生であった私も‘ここは本当に温かい場所だな’と思いました。 顔の表情と挨拶が どれほど人の心を励ますことが出来るのかを示す例だと思っています。

これらの教訓を活かし2015年から始まった品川の開拓教会では誰が来ても明るく挨拶 を交わすことを大切にしています。 努力もあり、ここ数年間訪問するVIPたちから教会の 雰囲気がとても明るいと言われていたのですが、信徒の数が増えるに連れ、その雰囲気が維持 出来なくなって来ているのを感じます。 今は教会として新しい訪問者が来ても先に近づいて 明るくふるまう積極性はかなり薄れて来ているようで、VIPたちが寂しい思いをして帰った のではないかと心配になる週もあります。(新来者が5人以上に週は私が全員と挨拶出来ない 場合もありますし。)

招待教会の挨拶文化はどうでしょうか。 VIPが来ても心温まるような場所でしょうか、 それとも尐し雰囲気が固いと感じてしまう場所でしょうか。 私たちは私たちの笑顔を通して イエスキリストの香りを放つことが出来ます。 別に偽善的に教会に入った途端笑顔モードに しようと言う話ではありません。 ですが、もし私たちがイエスの愛を知り互いに対する愛を 意識するなら表情から変わって来るのは当然のことだと思います。 階段で通りかかった人が 名前の知らない信徒であっても軽く挨拶をするのはどうでしょうか。 私たちの教会が基本的 な所からイエスキリストの愛を実践する教会になれればと願います。

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