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ずいぶん前に、E.M.フォースターの小説を原作にした「ハワーズ・エンド」という映画がありました。物語は、結婚の時期を逃していた一人の独身女性がようやく愛する人と出会い、結婚しようとするところから始まります。ところが、結婚の準備が整ったその時、主人公の妹から急な知らせが届きます。ある貧しい青年と恋に落ち、妊娠してしまったというのです。結局その主人公は、妹を助けるために結婚式を取りやめ、愛する男性を後にして妹のもとへ駆けつけました。その場面を見て、私は妹に対して強い怒りを覚えました。やっと幸せの入り口に立った姉の人生を、無責任な行動で台無しにしてしまったからです。ところが突然、雷のように気づかされました。私がそこまで怒っているのは、その妹と自分の娘を重ね合わせていたからでした。つまり、「もし自分の娘が映画の妹のように、結婚もせずに妊娠したらどうするだろう」と想像して感じた怒りを感じたのです。
その時ふと「私は子どもに何を期待しているのだろう?」と考えました。私は子どもたちに平穏な人生を歩んでほしいと願っていました。平坦な道を進み、良い学校に進学し、良い職業に就き、良い人と出会って、幸せに生きる人生を願っていたのです。しかしそのような人生には、予想外の失敗や試練が全く考慮されていませんでした。
けれども、特別で偉大な人生には必ず逆境や試練があるものです。では、親が子どもに対して「失敗のない平凡な人生」を強要する権利があるのでしょうか?そう思ったとき、私は子どもに対する過度の心配から自由になろうと決心しました。子どもには失敗し、挫折を味わう権利があると認めることにしたのです。もちろん、失敗や過ちを避けられるように教えることも必要ですが、子どもの人生を過度にコントロールするのではなく、もし失敗してもそれを益に変えられるよう助けるだけにしようと決めました。
親が子どもの失敗を恐れるのは、それで人生がすべて台無しになるのではないかと心配するからです。しかし、過度に恐れる必要はないと思います。子どもに聖書が教える確かな信仰を根付かせているなら、たとえ成長の過程で失敗をしても、すべてを働かせて益とされる神様が、その人生を壊れたまま放っておかれることはないからです。
親の務めは、子どものことで過度に焦燥感を抱くことではなく、その将来を神様の御手に委ね、絶えず祈り、信仰の模範を示すことだと思います。
趙 南洙師
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ある牧者から「私たちの牧場では、お互いに傷付いたと思ったら、率直に『私は傷つきました』と言うことにしました」と言われました。とても良い話だと思います。信徒同士では、心に引っかかることや傷ついたことがあっても、それをなかなか表現するのが難しいです。ある日一気に爆発してしまうこともあります。その時は本来味方であるはずの者同士が敵のようになってしまいます。ある人は爆発する代わりに、牧場や教会から静かに姿を消してしまうこともあります。どちらも健全なご対応ではないと思います。
私たちの人格には4つの領域があります。一つは、自分は知っているが、他人は知らない領域。二つ目は、他人は知っているけど、自分は知らない領域。三つ目は、自分も他人も知らない領域。四つ目は、自分も他人も知っている領域です。都合の悪い過去や劣等感のために自分を隠そうとする人は、自分だけが知っていて他人は知らない領域、つまり秘密が多いと思います。逆に、他人を傷つけても自覚できず、常に自分は被害者だと思っている人には、他人だけが知っていて自分は知らない心のカゲがあります。健康な心や正しい人格形成、温かい人間関係を築くためには、自分も他人も知らない領域を減らし、自分と隣人が共に知っている領域を広げていかなければなりません。これまで牧場の集まりの中で自分をさらけ出すことによって秘密の領域を減らしてきたなら、これからは隣人の指摘にも耳を傾け、弱さの領域を減らしていくべきでしょう。そのためには、自分の正直な気持ちを表現する必要があります。心に傷を受けたなら、「傷ついた」と言わなければ、相手は自分の過ちに気づけません。逆に、自分が誤解したり敏感すぎたりしていたことに、自分自身が気づいて直すこともできるでしょう。結局、それは双方にとって変わるきっかけとなるのです。
争わずにお互いを受け入れ、対話を通して共に成熟していく方法があります。それは「あなたは」というメッセージではなく、「私は」というメッセージを使うことです。例えば「あなたは自分のことしか考えない」と言うのは、相手を決めつける口調なので、相手を傷つけやすいです。反対に「私はあなたが自分のことしか考えない人のように見えます」と言えば、自分の考えを語ることになり、自分が誤解している可能性を含めて伝えられるので、対話が成り立ちやすくなります。これからは「あなたがどうのこうの…」という言い方ではなく、「私はこう思います」という自分の言葉を用いて、分かち合いの時間を過ごしましょう。
趙 南洙師