本日は告知した通り、私たちの教会の役員選挙のための総会が一部礼拝後に開催される主日です。教会の規定に従い、全10名の役員のうち、任期2年が満了する5名を選出する選挙が行われます。一般社会の選挙とは異なり、教会が定めた規則により、主日礼拝の出席率が85%以上であり、それに見合う十分の一献金をささげている会員であれば、誰でも候補者となる資格が与えられます。
しかし、全体の信徒数に比べて、この規定を守ってこられた候補者の数が非常に少ないという現実に、驚きと残念さを覚えているのは、私だけではないと思います。けれども、これが私たちの教会の現実です。もちろん、主日礼拝の出席や十分の一献金をささげることだけが、その人の信仰を測る絶対的な基準ではないかもしれません。しかし、キリストの体である教会を愛する基準として、主日礼拝の出席と、神から与えられた収入の中から十分の一を神にささげる献金の姿勢こそが、聖書が教える信仰の証しであると理解しています。
いずれにしても、候補者の名簿は少ないですが、よく見極めて確認し、教会を愛し奉仕できる方を選んでくださるようお願いいたします。選ばれた方々は、神が与えられた賜物に従って奉仕されると信じます。しかし同時に、教会のために時間をさき、他の役員たちと知恵を合わせて、教会の存在目的である「魂の救い」と「弟子づくり」に積極的に献身し奉仕する方が選ばれるよう祈ります。
教会での奉仕は、役員でなくともすべての信徒が自らの賜物に応じて積極的に参加すべきことですが、役員として選ばれた方は、神様が信徒たちの手を通してご自身を選ばれたという事実を忘れてはなりません。そして神様は、その務めを果たす力と環境も備えてくださると信じなければなりません。なぜなら、教会での奉仕は信仰によって行うものだからです。
役員選挙に参加される信徒の皆さんは、選ばれた役員たちのために必ずお祈りください。役員たちが自分の考えや経験よりも、常に神の御心を求め、一つ心となって奉仕できるように祈ってください。人々の称賛や視線を意識して否定的になったり、責任を避けたりすることがないようにも祈ってください。そして、教会のために熱心に奉仕する役員たちの家庭と職場にも、神の祝福がありますように祈ってください。
来年は、私たちの教会の創立40周年となる年です。神様が私たちの教会を新しく導いてくださると信じ、福音宣教の新しい歴史を切り開いていきましょう。選出される役員たちに期待し、祝福を祈ります。
趙 南洙師
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人は疑いを抱かずには生きられません。とはいえ、疑い始めるときりがありません。ある知識を得るための疑い続ける姿勢は、探求者としては必要なことかもしれません。しかし、信頼を築き上げていく人間関係においては、互いの関係を破壊する非常に致命的なものです。時には損をしたくないから、または騙されたくないから疑うこともあるでしょう。しかし、疑いを持ち始めると人を信じられなくなって、むしろ自分がもっと苦しい思いをするかもしれません。
私たちクリスチャンは疑いによってではなく、信仰によって生きるべきであると誰もが知っています。またその信仰も、可能な限り確信に満ちた信仰、つまり、どのような環境や条件に置かれていても、揺るがない信仰によって生きるのが重要であると知っています。
しかし、マルティン・ルターのような宗教改革を成し遂げた偉大な信仰者でさえ、一時的にある疑いにとらわれ、すべての計画を諦めようとしたことがあったと言います。ですから、信仰によって生きるクリスチャンに疑う思いが生じることは、珍しいことではありません。
ただし注意すべきことは、疑いが生じることと信仰を離れることは別だということです。私たちはさまざまな状況で生じる疑いを克服し、信仰により勝利しなければなりません。疑いと信仰は対極の概念のように見えますが、実はそうではありません。例えば、律法と恵みが対極の概念ではなく、律法が私たちを恵みへと導いてくれるように、疑いもまた、私たちを信仰へと導く過程になることを覚えておくべきです。むしろ、最初から一度も疑うことなく信仰に導かれるほうが珍しいことなのです。疑いがあるからこそ、私たちは信仰を持っているのです。
特に信仰によって生きようとする人に疑いが生じるのは、望んでいなかった苦しい困難に直面した時が多いようです。避けたい困難が訪れると、納得しがたく、受け入れられない時が多いものです。このような時、信じる人にも疑いが生じます。
バプテスマのヨハネも牢屋に閉じ込められた時、イエス様がまことのメシアなのかを疑いました。イエスはまことのメシアだと確信し、宣べ伝えたヨハネでさえ、一時的に疑い、イエス様に確認を求めたことがあったのです。しかし、ヨハネはイエス様の答えを聞いて疑いを克服し、殉教の道を歩みました。疑いを克服する信頼の再確認こそ、信仰に導く重要な要素なのです。ですから疑いが生じる時には毎週の礼拝と牧場の交わりを通して、神様との信頼関係を再確認する直接的・間接的な神体験をすることを願います。
趙 南洙師
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