私は説教者として、会衆が理解しやすい説教をするよう努めてきました。主日礼拝で歌う賛美歌も、できる限り親しみのある賛美を繰り返して歌うことを大切にしてきました。たとえば、開会賛美はあらかじめ定めておいた10曲の中から選び、二番目の賛美は20曲の中から、派遣賛美は説教に応答する礼拝者の決断を表す曲を選んで歌ってきました。このようにしてきた理由は、まだ信仰を持っていない新来者(求道者)がイエス・キリストを信じ、弟子となることが私たちの教会の目標であり、新来者が信仰を告白し、霊的に成長できるよう助けることに焦点を当てるべきだと考えたからです。
 そのため、信徒の皆さんから「分かりやすい説教をしてくださってありがとう」と言われるたびに、嬉しく、感謝の気持ちで満たされてきました。ジョン・ウェスレーをはじめ、多くの著名なリバイバリストたちは、分かりやすい説教をすることで知られています。説教の準備を終えたウェスレーは、いつも家事を手伝ってくれていた祖母の前で、主日の説教をしてみたそうです。その祖母が理解できない言葉があると、それを分かる表現に直したという逸話は有名です。
 一方で、説教を分かりやすくしようとすると、教会に長く通っている信徒から「説教に深みがない」という不満を聞くこともあります。そのような声を耳にすると、私自身も気持ちが萎縮し、より学術的な説教を語るべきなのではないかという誘惑を受けることもあります。
 それでも私は、そのような誘惑に流されないよう努めてきました。これまで長い年月にわたり、多くの牧師の説教を聞いてこられた方々は、並大抵の説教では満足しにくいでしょうし、彼らの耳に心地よい高尚な説教を望むでしょう。しかし、そのことに心を囚われてしまうと、これから信じようとしている人々を取り逃がしてしまうかもしれません。
 そもそも、「分かりやすい説教には深みがない」という考え自体に、私は語弊があると思っています。新約聖書の福音書に記されているイエス様の説教は、非常に分かりやすい言葉で語られたものでした。目に見える事柄を用いて、目に見えない神の国を説明し、永遠のいのちについて確信を持たせてくださいました。分かりやすい説教、分かりやすいたとえ話を通して、奥義のように深い真理を解き明かしてくださったのです。
 説教によって恵みを受けるかどうかは、聞く人の心にかかっていると私は考えています。礼拝の時間に説教を聞きながら、自分の心を閉ざすのではなく、神のみことばを知りたいと慕い求める心を持つならば、どのような説教からも恵みを受けることができると信じています。

趙 南洙師



日本語の週報 ダウンロード↓↓

4er450db

韓国語の週報 ダウンロード↓↓

4433430db

日本語の週報 ダウンロード↓↓

4er450db

韓国語の週報 ダウンロード↓↓

4433430db
 信仰生活と礼拝生活は、切り離すことのできない関係にあります。礼拝は信仰の源であり、その表現のかたちです。その一方で、信仰は礼拝の土台でもあります。この二つは互いに影響し合い、相互補完的な関係を築いています。
 礼拝が信仰生活に与える影響は、何よりもまず、礼拝を通して神の臨在を経験し、神様と親しい交わりを持つことで関係が深められることにあります。また、礼拝の中で宣べ伝えられる神のみことばを聞き、祈りを通して信仰が養われ、生活の変化を決断する力が与えられます。礼拝を通して恵みを経験し、霊的な識別力を得ることで、信仰者の生活はより聖なるものへと導かれます。
 さらに、信仰生活の中で困難や問題に直面したとき、礼拝は神様からの慰めと新しい力を受け取る道となります。礼拝は、一人でささげる個人的な信仰行為というよりも、教会共同体と共にささげる共同体的な儀式です。聖徒たちと共に賛美し、祈り、信仰告白を行う中で、信仰の同労者と出会い、互いに励まし合い、助けを受けます。
 では、このように重要な礼拝を、どのようにすればより良くささげることができるでしょうか。いくつか具体的な提案をします。第一に、礼拝堂には早めに到着し、礼拝の準備をしてください。備えられた心で礼拝に臨むのと、慌ただしく到着して礼拝をささげるのとでは、受ける恵みに大きな違いがあります。第二に、共に祈るときには、はっきりと声を出して祈ってください。司会者や隣の人の祈りの声が気にならない秘訣は、他人の声が聞こえないほど自分の声を出すことです。第三に、賛美を歌うときには、声を出して歌ってください。メロディーばかりに気を取られるのではなく、歌詞に集中し、賛美歌の言葉を通して与えられる霊的な感動を自分自身も味わってください。賛美の途中で他のことを考えている自分に気づいたなら、意識的に歌詞に集中し、それが自分自身の告白となるようにしましょう。第四に、代表祈祷者が祈るとき、同意できる部分があれば、大きな声で「アーメン!」と言ってください。「アーメン」とは、ささげられた祈りに同意するという意味です。他人の目を気にせず、はっきりと表現しましょう。第五に、献金のときには、喜びの心を持ってささげてください。仕事や事業を与えてくださった神様に、具体的に感謝してください。十分の一献金をささげている方は、神様が与えてくださったものの90%を用いることを許しておられることを思い起こし、感謝しましょう。最後に、献身(決心)を表してください。礼拝を通して受けた恵みの感動を、軽く流してしまうのではなく、具体的な行動で表してください。講壇の前に進み出て、献身(決心)カードに自分の決心を書き、みことばを取り次いだ牧師の祈りを受けてください。

趙 南洙師