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 40年前、私たちの教会が設立された時から毎年開催されてきた招待家族聖書キャンプが、来る5月3日から5日まで行われます。お申し込みくださったすべての方々を主の御名によって祝福し、心より歓迎いたします。今回のキャンプは単なる集まりを超え、神様がそれぞれの家庭と個人に深い恵みを注いでくださる尊い時間となることを確信しています。何よりも、今回のキャンプでは、講師の先生が5回にわたるピレモン書のみことばを語ってくださいます。みことばを通して、私たちの人生を新しくする神の恵みを体験することを願っています。それぞれの状況の中で具体的な神の御心を見出し、信仰がさらに成熟する時間となるよう祈っています。
 また、すべての参加者が互いに心を開き、それぞれの豊かな人生を支え合う真の信仰の家族として交わる時間となることを願っています。世代間の違いを超え、特に民族や文化的背景を越えて、創造主である神の子どもとして一つとなり、互いに励まし合い、建て上げていく信仰共同体の喜びを味わうことを期待しています。その中で、神様が一人ひとりに新しいビジョンと方向性を与え、これからの人生に対する明確な召しを示してくださることを期待しています。
 さらに、このキャンプを通して新たな魂の救いの働きが起こり、イエス・キリストの弟子としての献身を決断する歴史的な時となることを願っています。最終的には、このキャンプを通して個人の決心にとどまらず、日本および世界宣教に向けて、私たちの教会に与えられた具体的な役割を見出し、それを担う新しい力を得る機会となることを期待しています。神様が成し遂げてくださる素晴らしいみわざを期待しつつ、祈りをもって準備し、感謝をもって仕えている準備委員の方々をはじめ、参加されるすべての方々の上に、神の恵みが豊かに注がれるように心から祝福いたします。

趙 南洙師



 40년전 우리교회가 설립될 때부터 매년 개최해 오는 초대가족성경캠프가 오는 5월 3일부터 5일까지 열리게 됩니다. 등록해 주신 모든 분들을 주님의 이름으로 축복하며 환영합니다. 이번 캠프는 단순한 모임을 넘어, 하나님께서 각 가정과 개인에게 깊은 은혜를 부어주시는 귀한 시간이 될 것이라고 확신합니다. 무엇보다도 이번 캠프는 참가자 모두가 세워 주신 강사님을 통하여 전해 주시는 다섯 번의 빌레몬서 성경 말씀을 통해 우리의 삶을 새롭게 하는 거룩한 은혜를 경험하게 되기를 소망합니다. 하나님의 말씀을 통해 각자의 상황 속에서 구체적인 하나님의 뜻을 발견하시고, 믿음이 더욱 견고해지는 시간이 되기를 기도합니다.
 또한 모든 참가자들이 서로를 향해 마음을 열고, 그들의 성공적인 삶을 도와주는 진정한 믿음의 가족으로 교제하는 시간이 되기를 바랍니다. 세대간의 격차를 뛰어 넘고 특히 민족과 문화적 배경을 넘어 창조주 하나님의 자녀로 하나 되어 서로를 격려하고 세워주는 신앙 공동체의 기쁨을 누리게 될 것을 기대합니다. 이 가운데 하나님께서 각 사람에게 새로운 비전과 방향을 주셔서, 앞으로의 삶을 향한 분명한 부르심을 깨닫게 하실 것을 기대합니다.
 더 나아가 이번 캠프를 통해 새로운 영혼 구원의 역사가 일어나고, 예수 그리스도의 제자로서의 헌신을 결단하는 역사적인 시간이 되기를 소망합니다. 궁극적으로 캠프를 통하여 개인의 변화에 만족하지 않고, 일본과 세계 선교를 향한 우리교회를 향한 구체적인 역할을 발견하고 감당할 수 있는 새 힘을 얻는 계기가 되기를 기대합니다. 하나님께서 이루실 놀라운 일을 기대하며, 기도로 준비하며 감사하며 봉사하는 준비위원들을 비롯하여 참석하는 모두에게 풍성한 하나님의 은혜가 임하기를 두 손 들어 축복합니다.

조남수 목사



 栄えていた文明がやがて衰退するように、リバイバルを経験していた教会もまた衰退に向かうことがあります。では、教会の衰退はどのようにして判断することができるのでしょうか。献金が減り、礼拝の出席者が減るのは、教会衰退の末期的な現象であって、始まりではありません。では、証しがなくなり、過去を懐かしむ人が増えることでしょうか。これも衰退の中期的な現象であり、始まりではありません。それでは、その始まりはどのようにして見分られるのでしょうか。
 第一に、魂の救いと弟子づくりが教会の存在目的であるにもかかわらず、それと直接結びつかない活動や行事が増えていくことです。教会が神の願いを忘れ、方向感覚を失うと、人々が好む活動やイベントが多くなります。多くの行事によって信徒数が増えることはあっても、そこに神の臨在が伴っているかどうかは、別の問いとして吟味する必要があります。第二に、信徒たちが自分の体を惜しむようになることです。自発的に奉仕する人が少なくなり、奉仕を頼むにも、強い働きかけが必要になることがあります。また、会議で物事を決める際にも、負担の少ない方法や、抵抗の少ない方法が選ばれやすくなります。
 では、このような衰退の兆候が見え始めたとき、どのように対処すべきでしょうか。指導者たちは神の声に耳を傾ける必要があります。どのようなみことばが示されても絶対に従うと決心し、主の声を待たなければなりません。しかしそれができない場合には、思い切った決断が求められることもあります。例えば、教会を二つに分けることも一つの方法です。家の教会(牧場)の増殖のように分けることで、緊張感が生まれ、自己満足から抜け出すきっかけとなることがあります。また、現在の指導者たちがすべて辞任し、新しい指導者に教会運営を委ねることも方法の一つです。指導者たちの考えが固まり、変化を嫌うことが衰退の原因である場合があるからです。主任牧師が辞任し、新しい牧師にバトンを渡すことも一つの方法です。教会が主任牧師の力量以上に大きくなってしまったために衰退している可能性もあるからです。
 衰退が始まっても、信徒たちはそれに気づきにくいことがあります。プログラムが多様であれば他教会の信徒が集まり、人数が増え続けることで、外見上は成長しているように見えるからです。しかし、その状態を放置すれば、聖霊の燭台が取り去られ、行事ばかりが多くなり、人が育たない教会になってしまうでしょう。家の教会を通した魂の救いから目をそらさず、奉仕において自分の身を惜しまないなら、私たちの教会は衰退ではなく、健やかな成長へと導かれていくのではないでしょうか。

趙 南洙師