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 次の文章は伊豆にある教会のY先生のFacebookからの引用です。「教会の皆さんの愛の内に育まれ、成長している小学6年生の女の子が、御殿場のグローバル・クリスチャン・アカデミー(GCA)の入学が決まり、皆でお祝いをしました。中学生で親もとを離れての寮生活は大変でしょうが、月曜日の朝に出かけて、金曜日の夕方には伊東に戻れるので、学校に4日、自宅で3日のリズムです。最初は大変でしょうが、どんどん成長していくでしょう。授業で会えるのが楽しみです。
 中学からインターナショナルスクールに通うのは、経済的にはかなり負担が大きいですが、子どもさんが進学を希望されると躊躇なく応援されるご両親の、教育に対する思いの強さは素晴らしいです。
 公立学校が柔軟性を持って間口を広げ、多様な子どもたちのニーズに対応していくことは大切ですが、まぁ限界は明らかに思います。むしろ、子どもたちの選択肢を広げていくことの方が有効で、特に伊東のような教育資源の限られた地方は、他地域の充実した教育資源を早い段階から活用できる仕組みづくりを積極的に考えた方が良いです。以前、金子道仁先生が、教育の補助金は学校につけるよりも、子どもにつける形が良いのではないかと話しておられて、確かにそうだなと思います。
 この10年で学校教育に対するニーズは凄いスピードで変わっており、その受け皿となる教育機関も多様になってきています。インターナショナルスクールは、全国的にはすでに淘汰・選別が始まっています。新しいものが良いわけでは決してないのですが、どんどんアップデートされていく時代の変化をキャッチすることは大切で、私自身もGCAで指導しながら、各地から集まってくる子どもさんたちとの関りの中で学ぶことが沢山あります。変わらないものと、変わっていくものの識別が問われます。」
 次世代クリスチャン・リーダー育成というビジョンのもとで設立され、6年目を迎えるGCAは、今年、初めての卒業生を送り出すことになります。現在では国内大学への出願は進めており、すでに複数のアメリカ大学より奨学金付の合格通知も受けております。卒業生の道を備えてくださる神の祝福に感謝しております。 ここで招待キリスト教会の神の家族みなさんにお願いします。今年のGCA新入生がとても少ない状況です。ぜひ、わが教会から入学する学生が与えられるように祈ってください。基本的に、中学1年生の入学希望者を募集しておりますが、アメリカ教育に合わせて毎年小学校6年生からの入学もあり、良い証(成長)になっております。わが教会によって設立されたGCAがわが教会の信徒たちに用いられますようにお祈りします。

趙 南洙師



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 私には、いまだに慣れない日本のキリスト教会の用語があります。それは創造主である神様を「あなた」と呼んでいることです。「あなた」という単語は、現代日本語では二人称代名詞として広く知られていますが、その成立と変遷をたどると、現在の意味や用法とは大きく異なる歴史的背景を持つことが分かります。もともと「あなた」は人を指す言葉ではなく、「彼方(あの方)」に由来する単語であり、空間的に遠い場所や方向を示す表現でした。この「距離」の概念が転じて、「彼方にいらっしゃるお方」というように、相手を直接指示せず、あえて距離を置くことで敬意を表す言い回しとして用いられるようになりました。
 中世から近世にかけての日本においては、目上の人物や貴人の名前を直接呼ぶことは無礼とされる場合が多く、間接的な表現によって相手を指すことが敬意の表現とされ、「あなた」はそのような言語慣習の中で、相手を高く位置づける単語として機能しており、現在の感覚とは逆に、丁寧で格式のある言葉であったといえます。
 しかし、明治期以降、日本社会が急速に近代化し、西洋語の翻訳が大量に行われ、英語のYOUに相当する二人称代名詞が必要となり、その際、既存の語彙の中から「あなた」が選ばれ、特定の敬意を伴わない一般的な代名詞として定着していきました。この過程で、「あなた」が本来持っていた敬語的な意味合いは次第に薄れ、単に相手を指すための言葉へと変化してきたと言われています。
 日本語では、二人称代名詞が人間関係や社会的上下関係を強く反映するため、使用頻度が高まるにつれて丁寧さが失われやすい傾向があり、「お前」や「貴様」など、かつては敬意や改まった意味を持っていた語が、時代とともにぞんざいな表現へと変化したのと同様に、「あなた」もまたその影響を受けていました。その結果、現代では文脈によって冷淡、あるいは失礼に響く場合が多くなりました。現代日本語において敬意を示す方法は、二人称代名詞を用いることよりも、相手の名前や役職を正しく呼ぶこと、あるいは主語を省略することに重きが置かれています。そのため、「あなた」は目上の人や公的な場面では避けられる傾向にあり、使用には慎重さが求められる言葉となっています。
 このように、「あなた」という言葉の歴史的変遷は、日本語における敬意表現が固定的なものではなく、社会や文化の変化とともに意味を変えていくものであることを端的に示しています。それで私は創造主である神様に「あなた」と呼びかけることに違和感を覚えるわけです。

趙 南洙師