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創世記2章を見ると、堕落する前から人は仕事が与えられていました。また神がこの世を創造され治められるように、アダムにもこの地を“治める”(管理)仕事が与えられました。仕事は第一に神の栄光を表すためにします(1コリント10:31)。第二に仕事は隣人に仕えるためにするものです(マルコ12:31)。マルコ12:30-31を見ると、人生は神を愛することと隣人を愛することだと示します。音楽家は人を元気づけ癒すために音楽を作ります。銀行員は一括払いで車や家を買えない人にローンを組んでくれます。銀行員なしに家が買える人が何人いるでしょうか?鉄道員は人々の足になります。政治家たちは法を作り、警察官たちは町の安全を守ります。仕事は隣人に仕えながら神の栄光を表すものです。それでは、どれが神に召された仕事(calling)だと見極めることが出来るでしょうか?(参考:Tim Keller)
①傾向(Affinity) ― “これは私が情熱を持ってやれる仕事なのか?”が問われる部分です。どんなに素晴らしい仕事でも、心が向かない仕事であれば長続きしないでしょう。仕事はまず年収で選択するのではなく、私が喜んで自分を捧げて出来る仕事を見つけることです。
②実力(Ability) ― 次は“私にこの仕事をやりこなす実力はあるのか?”が問われます。どんなに情熱があっても誰もがお医者さんになれるわけではありません。医療資格や厳しい訓練を通り検証された者がその仕事に付けます。ここでは自分の賜物が問われますし、これは自己評価ではなく客観的に他人の承認が必要です。簡単に言えば料理が下手なシェフはキャリアチェンジを考慮すべきです。
③機会(Opportunity) ― “キャリアの道が開かれているのか?”、“私に仕事のオファー(推薦)が来ているのか?”が問われる部分です。①と②を確実に通った者は人々から必ずその専門分野で機会が与えられます。これはあなたがこの世でどれだけ用いられているのかを表す段階です。
英語で良く仕事をvocation(召し)と呼びます。それは神があなたに与えた役目だと思う所に由来しています。人は仕事をする時、働かれる神(ヨハネ5:17)をこの世に映しだすのです。仕事をただの生活維持手段としてではなく、人々にイエスの光を放つミニストリーとして見ましょう(マタイ5:16)。これからも良い働きを通して神の素晴らしさと恵みをあらわして行きましょう。
チョ・ドリュー師
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聖書を見ると、イエスキリストご自身が直接教会を建て上げられると宣言されるのが分かります(マタイ:16:18)。そして、コロサイ1:18で、教会の頭はキリストであると明確に記されています。これを実践的に言えば、教会形成や教会奉仕全ての命令はイエスキリスト(の言葉=聖書)から来ると言うことです。聖書が賛美や説教をするよう教えるなら教会も礼拝にてそのようにします。もし、聖書が神のイメージを禁じているなら(第二の戒め)教会もそれに従います。聖書が兄弟姉妹たちは神の家族のように互いを愛しなさいと言うと、それをもとに教会は参加者同士の相互関係を作って行きます。聖書が教会の最優先事項は魂の救いと弟子作りであるとするなら、教会もそれが中心になるように毎年その働きを振り返り調整します。
1980年代から世界的に人気を得た教会モデルは、Seeker sensitive求道者中心的モデルです。これが完全に非聖書的なアプローチだとは言えません。でも、これは‘世の人々は教会から何を求めているだろうか?’と言う視点を重視し教会形成をすることであります。例えで言えば、世の人々はあまり聖書箇所が沢山出て来る説教より例話中心の説教を好むことや、パイプオルガンより現代風のバンドが音楽の時間を導くことなど、また服装も割と自由な格好で参加出来るカジュアルな雰囲気を作り出すこと、また現代人は聖書を持ち歩くのを好まないのでスクリーンに聖書箇所を全て映して行こうと言うようなことがあります。さらに言えば、最近の人々は教会で自分が罪人だと聞かされるのは辛いので、出来るだけ神の裁きの箇所は避け、神の愛にフォーカスをおいた箇所ばかりを選んで教えると言うようなこともこのムーブメントから来た一端だと言えます。ビジネスの原点は、“人々は何を求め、どのようにそれを手に入れようとしているだろうか?”と言うものです。教会ももちろんVIP視線から教会を考え直す必要がありますが、最終的に教会形成の方法を決めるのは聖書だと言うことです。今の流行りや人の考えより、教会形成はキリストがそう言われるからそうすると言う根拠が必ず必要であります。
教会は世の機関とは違い、キリストが頭であり、キリストの指示によって動く共同体です。私たちが聖書を神であるキリストの言葉だと信じているなら、この世が何を求めているのかを誰よりも良く明かしているのは聖書です。世が聖書や教会を世の価値観を持って評価するより、永遠に変わることのない神の言葉である聖書が今の世の中を正しく診断するのです。時々、教会を愛する方々が教会に変化をもたらしたいと貴重な意見を分かち合って下さいます。それがキリストの言葉(聖書)から来るものであれば教会は積極的にそれを考慮し検討すべきです。でも、それが世のビジネスマインドセットから来ているのであれば本当にそれが主の御心なのかを見極め進めるべきだと思います。これからの教会形成も皆さんと共に聖書的に考えて行きたいと思います。
チョ・ドリュー師