3月1日から日曜の礼拝がネット配信になり、もう8週間が経とうとしています。最初は2
-3週間のはずでしたが、その後もコロナ感染は急増し外出自粛は相当長引くようになってい
ます。もうコロナ対応にも慣れてきたと言う人たちもいますが、相当限界ギリギリの線で持ち
こたえている在宅勤務の人や、子育てをしている主婦たちもいると思います。このコロナとの
戦いは短期戦ではなく長期戦であるのが分かります。一部の医療専門家によると、この戦いは
2021年末とか、もしくは2022年まで続く模様だと話をしています。それを聞くとちょ
っと気が遠くなってしまいますが、現実を見据えて話した内容かも知れません。
そこで私たちが持つべき心構えはマラソンを走る心構えだと思います。マラソンを走るラン
ナーは最初から飛ばして行く人はいなく、42キロを走り切れるペースを守りながら走りま
す。実際コロナ終息がいつなのか予測がつかないので、マラソンよりこの戦いの方が戦略を立
てるのが難しいです。しかし、少なくとも自分の生活リズムとペースをつかんで行くことは大
事だと思われます。
学び会をしていたものが全て中止になったとしても、環境が許されるのであれば、ネットを
通した学び会に参加し、続けて学ぶ努力の必要性があると思います。通常であれば学校に通っ
ている学生たちも、この休みが長期化する見込みから少しずつネットを通して行う授業が整え
られています。教会も同じく少しずつ勉強会などはネットを通して出来るように準備をしてい
るところです。自粛モードだからと言って生活の面において(霊的訓練を含む)全てをストッ
プすることは出来ないからです。牧場の集まりもそうです。牧場の交わりなしで半年経つと互
いの関係が遠くなるばかりで、互いを霊的に支え合うことはだんだん難しくなると予想されま
す。
私自身も最後にフィットネスジムに行ったのが2ヵ月前ですが、最近は足(4年前にアキレ
ス腱を切った足)の筋肉が弱って来てけいれんを起こしやすくなっていることに気づいていま
す。この足を鍛えるのにコロナが終息するまで待つなら先に足をまた怪我させるかも知れない
と思って少しずつ家でストレッチやつま先上げなどをするようにしています。このように自粛
モードがあと2-3ヵ月(もしくはそれ以上)延びるようであれば、それに備え動かなければ
なりません。
主はこの状況を通して私たちに何を教えておられるでしょうか。間違いなく、その一つは忍
耐することです。イエスキリストが私たちの信仰の完成者となられました(ヘブル12:2)。
だから、私たちは勝利を確信して、失望することなく自分のペースを守り走り続けることが出
来ます。今日から自粛モードでも今自分がやるべきことを再開させて行きましょう。
チョ・ドリュー師
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今日は2000年前にイエスキリストが復活した日を祝う復活祭の日です。イエスキリストが十字架の死から復活したことは私たちに何を意味するのでしょうか?19世紀のドイツ哲学者でもあり経済学者であったカールマルクスは、“宗教は人々の精神を麻痺させるもの”で、宗教を信じる人々はこの世よりも後に来る世界(天国)を待ち望むのでこの世を大事にすることはないと言いました。では、キリスト教もそうなのでしょうか?
決してそんなことはありません。イエスキリストは霊的に復活したわけではなく、体を持って復活されました。私たちが復活するその日は、霊的復活だけではなく、新しい天国の体を持って復活すると聖書は語ります。そして、何より興味深いのはヨハネの黙示録21章2節では、新しい天と地(天国)は上からこの地上に降りてくると教えています。つまり、神様が創造されたこの地球は、最後に燃え尽つきるのではなく(2ペテロ3:10の燃えるは、純正する意味があります)、最後に美しい天国として生まれ変わることが分かります。この復活の事実は、私たちの世の中にとても大きな希望をくれます。ローマ8章ではこの自然界はその最後に新しくされる日を待つと言っています。私たちの聖書信仰は、最後に全てが新しくされると信じています。だから、人々を変えるために頑張っています。病気とも戦い、貧困とも戦い、また不正や腐敗ともあきらめることなく戦い続けます。それは、最後に必ずイエスキリストにある勝利が待っているからです。
聖書的復活信仰を持つ人はある意味この世を大事にします。この世の調子と合わせることがなくても、この世をそう簡単にあきらめることはしません。主が罪人であった私たちを捨てることなく救って下さったように私たちもこの世に主のみ国が来るために励むべきです。16世紀の宗教改革家のマーティンルターは、“イエスが明日戻って来たらあなたは何をしていますか?”と聞かれた時、“木を植えています”と答えました。それは、私たちのキリスト教の信仰は霊的だから、地上の働きに忠実であることを教える例です。私たちも完全なる復活を待ち望む者として、主から預かっている地上の働きを忠実に行いましょう。
チョ・ドリュー師
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