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4433430db私たちの教会では定期的に聖餐式が行われています。その中で食べられるパンとぶどうジュースは主イエスの肉と血を象徴していて、神の契約を思い起こすものである と定めています。カトリックにおけるキリスト教の歴史の中では、この聖餐式で食べられるパンとぶどう酒は実際にキリストの肉と血に実態が変化していると考えられています。聖餐式のときに牧師が宣言するⅠコリント11:23~29が根拠となるみことばです。私たちもこのみことばを元に聖餐式を行っていますが、23~24節ではパンとぶどう酒について、「・・・わたしを覚えて、これを行いなさい。」とあり、実際に変化しているものではなく、覚えられるもの、象徴されるもの、としています。 

キリスト教の歴史の中では、このことについて議論がされてきましたが、大切なことはパンとぶどう酒が実際に変化しているかどうかよりも「ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。Ⅰコリント11:26」とあるように主イエスの十字架によって、私の、私たちの罪を転嫁した(押し付けた)ことを伝える役目が重要なのです。正しくなかった人々の罪を唯一の正しい人に転嫁するわけですからこの聖餐式が特別に厳粛に行われています。 

聖書の理解を緩やかに幅広く解釈する人の中では、聖餐式に参加するのは「心の中でイエス様を信じます。」と思った人であれば、教会でわざわざ洗礼式や堅信礼を行っていなくても、聖餐を受けて良いと考えるところもあるようです。この点について私たちの教会は注意深く対応しています。他の教会で洗礼・堅信を受けた人は問題ないのですが、聖餐式の中で宣言されるみことばに、「もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。Ⅰコリント11:27」ありますので、教会の聖餐式ですから、人の判断で聖餐式を軽んじることは注意しているのです。むしろ、共に聖餐を受けることができるようにと私たちは心から願って祈っています。 

吉村恵理也伝道師日本語の週報 ダウンロード↓↓
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4433430dbマタイ28:19「ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」 

私は以前(中学の頃)、世界宣教は既に国内宣教がある程度進んでいる段階で、働き人や予算に余裕があれば出来るものだと思っていました。 しかし、イエスの弟子たちや使徒の働きを通して見ると決してそんなことはなかったことが分かります。 神様はエルサレム全体が福音によって満たされる前に、エルサレム教会が異邦人たちと福音を分かち合えるように迫害によって教会を散らされました。 それを見ると教会が初めからあらゆる国に出て行く使命があったことが分かります。 

日本はクリスチャン人口が1%に満たないので宣教師を送るべきではない と思うことは神の教会に対する働きを誤解することになります。 教会はどんな教会であっても、あらゆる国の人々に福音を伝える働きに関わる必要があります。 アメリカの牧師のジョンパイパーはこう言いました。 “世界宣教においてクリスチャンの選択肢は3つあります。 ①Go 宣教地に行くか、②Send 宣教師を送るか、③Disobey 不従順するかです”。 皆さんは、それぞれ主の大宣教命令をどのように受け止めているでしょうか? 隣人にもまだ福音を伝えられてないのに海外宣教なんて と思うかも知れませんが、宣教はクリスチャンが常に考え実践すべきテーマです。 イエスキリストは天の御座を離れ私たちの所に来られました。 そのために父なる神はご計画(戦略)を立てられました。 そして新約時代には聖霊を下さっています。 神の宣教は私たちに届き、教会を通して広がって行きます。 今日、私に与えられている選択肢は3つです。 自分が行くか、送るか(支援)、それかこの命令を無視することです。 私たちは喜びを持って従順することを選べるように祈ります。 

ともに仕える牧師 チョ・ドリュー