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この一週間は新村教会とGlobal Infusionのチームが来日し、素晴らしい働きをしてくれました。 Our Storyと題した水曜祈祷会の時間は、彼らの証と賛美を通して純粋な信仰の一面を見ることが出来、感謝でした。 韓国の20代のクリスチャン人口は年々減っていて10%を切ったとも言われていますが、主の御国のためにまだこんな熱心な若者たちがいることは貴重だと思いました。 そして、Global Infusionの方は月曜日から金曜日まで(招待で2日間、NCC東京で3日間)英語聖書夏季学校(VBS)を開催しました。 招待では参加子供の1/3以上がVIP、NCC東京はほぼ90%以上が教会に通わない子供たちの参加でした。
一度の夏季学校プログラムを通して救われる多くの子供たちが起こされることはまれなことかも知れません。 しかし、こんなプログラムをやり続ける意味はあるのでしょうか? 例えば品川でのVBSに参加した子供たちを見ると、ほとんどが私の娘の幼稚園繋がりか、近所に住む教会員の子供たちの繋がりから誘われて来ています。 誘われて来る子たちは、ほぼ皆教会に一度も行ったことのないVIPたちです。 そんな子供たちと一緒に賛美をしたり、聖書の物語を分かち合えたりすることは、言う間でもなくゴールデンチャンスでもあります。 この日本では個人伝道でどんなに頑張っても、伝道対象者を前にして神様のことや福音を語るまではそうとう時間がかかるものです。 反対にもし私たちがVBSをやっていなかったら、今回参加した中には、一生涯聖書の教えにふれる機会のない子供たちが沢山いたことだと思います。 仮にすぐに霊的な実が見えなくても、彼らが成長した時に、このようなプログラムを通して教会に対する偏見を持たないのであれば、これは意味のある働きです。
今回は川崎の招待と品川も同様に、VBSに繋がっている子供たちは、教会のすぐ近くに住んでいることが多く、普段からママ友同士で付き合いが頻繁に起こっているのも事実です。 VBSに来た子供の家族を家に招いたり、続けて教会員たちとの距離を縮めたりするファローアップも教会にとっては非常に大事なことだと思います。 私たちの教会は家の教会を基盤に伝道していますが、教会がVIPたちとの接点を作る機会も増やして行きたいものです。 そのような働きに、続けて海外からの宣教チームが用いられれば感謝です。 まずは今回、バスキングなどで伝道活動をした新村とVBSを導いてくれたGlobal Infusionチームを送って下さった主に感謝し、またそれぞれのチームにも感謝の気持ちを伝えましょう。
ともに仕える牧師 チョ・ドリュー
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私にはこの夏6歳と3歳になる子どもたちがいます。親ばかのようですが、いつも私は
自分の子どもたちが可愛くてしょうがないと思っています。最近の私は自由時間が
あまりにも少ないので子どもたちと遊ぶことは本当に限られますが、先週プラスチック
バッドを買って子どもたちに野球のスウィングを教えました。休日があれば子どもたちと
また自由に遊ぶことが何より楽しみです。親が子を愛することはごく自然なことです。
ある意味あまり努力しなくて出来ることです。でも、教会内で血と血が繋がってない他人
(兄弟、姉妹)を愛することは自然なことではありません。それは性格が良くて魅力的な
人は自然に愛せるでしょう。でも、ほとんどの場合、意識的に努力しない限り教会内の人を愛することは難しいことです。
私は以前1ヨハネを勉強したことがありますが、使徒ヨハネがその手紙で語ったのは
“教会よ、互いに愛し合いなさい!”と言うメッセージでした。教会史によると、もう年を
取って一人では歩き回れない年齢になったヨハネは、教会を訪れる度に“互いを愛し
合いなさい。 愛しか残るものはありません”と語っていたそうです。なぜ、ヨハネを含め、新約聖書は互いを愛することを繰り返して言っているのでしょうか?私の神学校の教師でもあったデービッド・ポリソンは、“新約聖書の教会はいわば敵同士(ユダヤ人、異邦人、主人と奴隷たち)が集まっていた群れであったからだ。互いを愛するのは不自然な
ことだったから。”だと言います。
皆さん、教会は私たちが頂いた神の愛をまず実践に移す場所であり、その愛が磨かれる
場所です。そしてこれは続けてキリストの福音と愛をもらわない限り実践不可能な
ことです。人を愛する心は、私のような罪人に命を与えて下さるほど愛された
イエスキリストを深く知れば知るほど生まれるものです。毎週十字架の愛を聞いて終わる
ものではなく、続けてその愛によって人を愛することを実践してみましょう。私たちの
教会が足りないところが沢山あっても、信徒たちが皆キリストの愛を互いに実践したいと
思うならきっと教会には希望があることと信じます。互いを愛することは不自然でも、
それをやめない教会になりましょう!
ともに仕える牧師 チョ・ドリュー