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4433430db私たちは礼拝の中で、招待キリスト教会とニューコミュニティーチャーチ(NCC)が何を信じているのかを言い表す“使徒信条”を礼拝の中で共に告白しています。ですから、教会の人が信じているイエス様というのはどのような人か?と質問があれば、使徒信条を分かりやすく答えることが簡単な方法の1つだと思います。その使徒信条ですが、これは2世紀後半に定められたもので、カトリックやプロテスタントでも同じく告白しているものです。 

そしてプロテスタントとしてはルターやカルヴァンといった宗教改革者たちにより、聖書の言っている内容が見直される大きな宗教改革が起こりました。1646年にウェストミンスター会議で定められた、33章に及ぶ信仰告白が、“ウエストミンスター信仰告白”として定められたのです。NCCのホームページでは、それを簡単にまとめたものを“教会が信じているもの”として載せています。 

神学の方向性を知ることは、そんなに大事なの?と思う方がいるかもしれません。キリスト教の歴史を見ると、神学の方向性が違う場合は大きな分裂を起きていた史実があります。聖書では教会・信徒の一致を教えているのにもかかわらず、分裂ばかりしている事実があったのです。ですから、同じ方向性・聖書理解を持つことはとても大切なことと言えます。 

様々なきっかけや主の導きによって教会を移動された方々は、各教会で教えられたことと招待キリスト教会やNCCとの関りで違いを感じることもあるかもしれません。少しの違いはありますけれども、共に同じ主を仰ぎ見る者として一致して歩みたいと願います。 

そして私たちの教会では“家の教会”を軸として、教会の3本柱である、共同礼拝・牧場・道コース、ということを通して教会の一致を目指しています。柱の一つである道コースですが、9月から水曜日祈祷会の時間を道コースの学びとして開講予定です。4月から新体制の切り替えで道コースの部分が欠けていましたが、基礎、訓練、実践などを学びつつ、イエスキリストに似た者として整えられた元気な信仰生活になっていくことを期待しています。

ともに仕える伝道師 吉村恵理也 日本語の週報 ダウンロード↓↓
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4433430db7月から最後の週は改心祈祷を礼拝の中で行う予定です。改心祈祷とはどんなものか、少しその背景になる歴史や聖書箇所を紹介したいと思います。16世紀、宗教改革が起こる前のカトリック教会では免罪符を売っていました。人々はそれを買うことによって神様の赦しを頂き、天国への切符を手にしたと勘違いしていたようです。そんなカトリック教会の過ちを指摘するかのようにマーティン・ルターは95か条の論題を持って反論します。その95か条の一番目にあったのは、イエスキリストが私たちに“悔い改めなさい”と言われたのは“信じる者の生涯のすべてが悔い改めであることを願った”と言う内容です。つまり、クリスチャンに取って悔い改めの概念は一度済ませて終わるものではなく、続けてみことばを通して自分を吟味し、悔い改めを通して成長して行くというものです。  

イエスキリストが教えられた主の祈りも罪の告白が言及されています。Ⅰヨハネ1:9でも、もう既にクリスチャンになっている人々が、また告白すべき罪があることを前提にして「もし私たちが自分の罪を告白するなら」と語りかけます。そして続けて、「神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます」と主の赦しを確信させるみことばを教えています。そう言った意味で、私たちが教会の礼拝で改心祈祷を行うのは、神の赦しと福音の恵みに触れられる機会なのです。 

救われている私たちに取って改心祈祷は永遠の裁きを恐れてする祈りではありません。むしろイエスキリストと一体となったことを覚え、主と共に心を合わせて歩むためにするものです。 なので、改心祈祷をする時にもちろん真の悔い改めが求められますが、同じ罪を繰り返し犯す自分に挫折し続ける必要はありません。 聖書が語る福音はそんな ‘どうしようもない’ 罪人の私たちのためにイエスキリストが来られ十字架に架かったと教えてくれます。私たちの罪は最終的にイエスによって既に赦されているので、罪を隠すことなく神に改心祈祷を捧げることが出来ます。スケジュールとしては、毎月の最後の週に改心祈祷が行われる予定です。 その時間が毎回、私たちの魂をきよめ、心を刷新させる時間になることを期待します。

ともに仕える牧師 チョ・ドリュー