共産主義国家である中国ではすべての学校が国家によって管理され、人材が育成されています。30年前共産主義国家の中国で創り主を信じる創意的な人材育成を目指す大学を
建てようと夢をみた韓国人が現れました。その人はアメリカに住んでいる韓国人の
金 眞慶博士です。彼は朝鮮戦争の時、少年兵に志願し、中国軍と戦った人でしたが、
アメリカのチャプレンから渡された聖書を読みながら主イエス様を信じるようになり、
後にアメリカで勉強をして事業にも成功した人物です。
ある日、「戦争から生かしてくださるなら、わが人生を中国と北朝鮮のために
献身します。」と神様に約束した自分の言葉を思い出して、その約束を守ろうと中国に
大学を立てる夢を持ち、具体的に行動することにしました。
みんなが不可能だと反対しましたが、神様から示されたビジョンを中国共産党さえも
止める事ができず、いよいよ1988年、中国政府に外国宣教師(主に韓国人)たちが教える
学校設立計画書を提出して、奇跡的な共産政府の許可を得ることができ、すぐ学校設立
委員会が構成されました。次の年1989年、延辺市に校舎建築が始まり、早速1990年、延辺科学技術大学が開校しました。2年後1992年には4年制の延辺科学技術大学校へ発展し、
今まで5千名以上の卒業生を世界中に輩出することになり、特に東北アジアの平和のために大きな役割を担う人材を育成していることに高く評価されています。
とても驚くべき事実は宣教師であった韓国教授たちから影響を受けたこの学校の
卒業生の中に約70人が日本で仕事をしているということです。そして、彼らの数人が
わが教会で信仰生活しているのは特別に感謝したいことです。黄 明煥兄、徐 大成兄、
金 海燕姉、池田 雪姉です。この世を変えてくださる主を賛美します。
神様が新しいわざを始めるときは、誰かによって非難され反対されても、神様から
示された使命にしたがって夢を持って行動する人を用いて事を成し遂げられます。
この私を切に祈らせるのは神様がわが教会を通して新しいみわざを行わせることでは
ないかと思わされます。願わくは、召された神のビジョン、夢を語る人の証を反対しないで、そのビジョンを分かち合い、共に祈り合い、新しい神のみわざに参与してください。
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以前、韓国でよく知られている二つの教会を訪問した事がありますが、それらはとても対照的でした。両方とも、尊敬される立派な牧師先生による素晴らしい説教が聞こえる
教会として評価されています。ところが、二つの教会は何かが違っていました。よくわかりませんが、片方の教会は礼拝のダイナミックさが感じられず、もう一つの教会の礼拝は
生き生きしていました。何が二つの教会の礼拝雰囲気をここまで変えさせただろうかと、
注意して観察してみました。
その違いを発見するのは難しくありませんでした。多くの理由があると思いますが、
何より大きな理由は、気楽さへの安住と不便さに伴う献身の違いであると思わされました。はじめの教会は安定していて、素晴らしいプログラムに、綺麗に建てられた会堂で礼拝を
捧げながら何の不便さも感じない教会でした。しかし二つ目の教会は不便さが多い教会で
した。会堂が狭くて隣のビルを借りて礼拝していますが、毎週の礼拝のために信徒たちが
数百の椅子を運んだり、教会に駐車場もなかったので遠くから歩かなければならず、
教育施設も狭くていろんな事が不便でした。しかし、そのような不便さを受け入れようと
する献身のゆえに信徒たちが明るく、礼拝が生き生きとして、ダイナミックさを感じる事ができるのでした。
ここで気づくことは、キリスト者の歩みに不便さが消えてしまい、気楽さに安住して
しまうと霊性も死んでしまう事実です。実は、私たちは小さな不便さにも耐えられない
文化の中で生きています。少しでも便利な道具が発売されるとすぐ取り替えて使い、
少しでも楽な施設があるならそちらを利用し、気楽に生きることができる道なら何でも
取り入れます。教会も同じではないでしょうか。教会が小さくて経済的にも貧しい時は
いろんな面において不便な事が多くあります。それから規模が大きくなり、経済的にも
余裕があると綺麗な建物を建て、広い食堂も作り、気楽な駐車場を備えたり、システムも
より気楽に変えたり、それで教会は時間とともに立派な施設になるだろうと思いますが、
私たちが気づかないうちに、自分たちの霊性は病み始めるわけです。
そういう意味でわが教会はまだ不便さが多い教会です。食堂も狭いし、教育施設も
足りなく、本当に足りないところが多い教会です。不便さが私たちの霊性を生かしてくれるならよく耐えていきたいと思います。
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