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去る12 月16 日、2019 年度の役員就任式がありました。新たな役員会が
構成され、わが教会がより恵まれ、更にリバイバルされるようにお祈りします。
新たに就任された役員たちに、信仰の基本的な一つの質問をしたいと思います。
「あなたは主のからだである教会に仕えるために役員になりましたか?或いは
この世の昇進のように偉い立場を好んで就任されたでしょうか?」
国の経済が崩れる時に現れる現象として、貨幣の価値が落ちてしまう
インフレが起こるように、教会が無気力になってしまう時には、教会内のすべての
信徒の間に偉い立場は求めるけれど、奉仕の働きが見えない、立場に相応しい
信仰的な生き方も見えない職責のインフレが起こります。
わが教会は誰にでも勝手に責任を任せる教会ではありません。主日礼拝を守り、
神の前に忠実に十分の一を捧げる方々の中から信徒たちによって投票で選びます。
ところが時間が経つうちに、主日礼拝も守れず、信仰生活の基本である
正直な十分の一さえ捧げることができないまま選ばれた役員としてのプライド
ばかりを考えている人もいるのではないでしょうか。
正直に申しますと教会の奉仕者として役員に就任するということは、自分の
家より主の教会を優先することを約束する忠実な信仰によって受け賜る召命の
職責であると言えます。それは厳しい犠牲も伴うと思います。
しかし委ねられた職責に忠実な人々には主の約束の通り、必要な賜物とともに
支えてくれる環境的な祝福(助け人、経済的な)も共に満たしてくださると
信じます。私は、わが教会のすべての奉仕者がこのような主の祝福を体験して
欲しいと祈っています。
もし、召しに伴う基本的な責任さえ担わない役員たちが教会の前方の席を
独占しているなら、他の人々の信仰に傷を与えることになり、さらに他の奉仕に
もつまずきを与えることになり、わが教会の将来はどんどん霊的力を失うことに
なるだろうと思います。
願わくは、信徒による教会総会で選ばれ、主の前に役員として就任された
方々が高慢にならず、謙遜に仕え、ご本人はじめわが教会が祝福される新年を
迎えたいとお祈りいたします。
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私たちは隣人を通して訓練も受け、成熟への人生を学びます。それで私たちは繰り返して
隣人のゆえに試みに陥り、その人のゆえにつまずいてしまう場合が多くあります。
私も牧師をしながらよく経験していますが、牧場に仕えておられる牧者の方々も同じだと
思います。人がどれほど大事であり、人がどれほど怖い存在でもあるか、人間は本当に
様々であることについてひしひし体験させられていると思います。ひとりの人が主イエスを信じ、変えられ、主の弟子として歩む姿を支えるのは何よりも尊い働きであり、なにものにも代えられない貴重な奉仕であります。しかし時々私たちを苦しめ、私たちの奉仕を
疲れさせる人々がいるのも事実です。
それはどのような人でしょうか。自分は本気で支え仕えたいのに、本当に主イエスのような心構えで奉仕したいのに、この大事な奉仕を妨害する人は誰なのか。という問いに真剣に考えてみたでしょうか。この問いに真剣に考えた人なら意外な答えを見つけ出すことが
きると思います。教会に初めて来た方や信仰について確信のない人々なら少し時間がかかるだけであり、奉仕者の心に酷い傷を与えることはしません。ところが牧者を教えようと
したり、ある日突然現れて牧者の心になかなか消せない傷を与え、又しばらく現れない
その人は自ら聖書も信仰もよく知っている人々であります。
誰も認めていないのに、自分は主の御心に従って祈っているし、自分は神学的であり、
教会のルールもよく知っている人間だと錯覚しつつ、長い教会生活を自慢する人々であり
ます。残念ながら熱心に奉仕している信徒の献身には全く興味がありません。
このような人はどの教会にも存在し、どの牧場でも一人くらいは訪問して来たかも知れ
ません。その時は、大きく深呼吸をし、神様がこの私を愛して臨時教師を送って
くださったんだと思ってください。わざわざ時間を費やして心を痛めながらそのような
人を世話する必要はないだろうと思います。
何故ならば、その人には学ぼうとする姿勢がありませんし、神様がその人を通して牧場と牧者の忍耐心を訓練させるだけであります。もし牧場にそのような人が一人でもいるなら、そのように思ってください。神様は弱い私たちをもっと用いてくださるためにそのような
人を通してもっと訓練させておられると思います。