• 2026年 年間標語 「みことばに生きる教会」(ヤコブ1:22)
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『家の教会のスピリット』 牧師コーナー(867)
「家の教会のスピリット」を、もう一度ともに心に刻みたいと思います。もし「家の教会」が主イエスの願われる教会の姿であるなら、それは主が再び来られる再臨の日まで受け継がれていかなければなりません。では、その日まで私たちが命をかけて守り続けるべき「家の教会のスピリット」の核心とは何でしょうか。それは、まさに「聖書どおり」ということです。決して変えてはならないものは、特定の形や方法ではありません。変えてはならないものは、「聖書どおり」というスピリットそのものなのです。
「聖書どおり」という価値には、二つのシンプルな意味があります。第一は「素直に理解すること」、第二は「素直に従うこと」です。
1.「素直に理解する」とは、特定の神学や思想を聖書に当てはめるのではなく、聖書の著者の意図を、その文脈の中から見いだそうとする姿勢です。聖書解釈の目標は、著者の意図を丁寧に読み取り、そのみことばに照らして、自分の考え方や生き方を見つめ直していくことが大切です。 神様とその御心を知るために聖書に親しみ、神の御心がそのまま自分の心となっていくことが大切です。そして、どのような問題に直面したときにも、聖書のみことばを思い出し、それを土台として答えを求めていくことが習慣となるべきです。
2.「素直に従う」とは、聖書を単なる研究や議論の対象とするのではなく、自分の生き方に関わるものとして受け止めることです。自分が納得できるみことばだけに従うのではありません。たとえ十分に理解できなかったり、心に引っかかったりするみことばであっても、それに耳を傾け、従うことです。 聖書記者の意図を理解したなら、自分の好みや考えを優先するのではなく、みことばに従って歩むことが大切です。そして、そのような歩みを重ねる中で、それがみことばにが生活に根づいていくことを願います。ですから、「聖書どおり」という精神の上に築かれた原則や慣行であったとしても、絶えず聖書に照らして見直す必要があります。間違っているものは改め、不足しているものは補いながら、より聖書に忠実なあり方を求め続けることが大切です。
3.この「聖書どおり」というスピリットを保つために欠かせないものが、流動性、多様性、そして柔軟性です。人間は習慣に支配されやすく、変化を好みません。特に、すでに良い実を結んできた慣行や方法を変えることには、大きな抵抗を感じるものです。しかし、聖書に照らして間違いや不足が見つかったなら、たとえ過去に有益であった原則であっても、必要に応じて見直し、変えていく柔軟さが必要です。たとえ「聖書どおり」を掲げていたとしても、そこに柔軟さがなければ、主が再び来られる日まで「家の教会」を健全に続けていくことは難しいでしょう。なぜなら、神様が聖書を通して教会について新しい気づきを与えてくださったとき、それを受け入れることができなくなってしまうからです。
反対に、「聖書どおり」という土台を失ったまま、流動性や多様性だけを強調するなら、「家の教会」が本来大切にしてきたものを見失ってしまう可能性があります。状況に応じて原則を次々と変えていけば、やがて新約聖書に見る教会と離れてしまうことになりかねません。したがって、流動性、多様性、柔軟性は、聖書を通して新しい気づきが与えられたときにこそ適用されるべきものです。主が願われた教会を、主の再臨の日まで建て上げ続けていくためには、「聖書どおり」という揺るがない原則と、「柔軟な姿勢」という二つを、ともにしっかりと握り続けなければなりません。
「聖書どおり」という価値には、二つのシンプルな意味があります。第一は「素直に理解すること」、第二は「素直に従うこと」です。
1.「素直に理解する」とは、特定の神学や思想を聖書に当てはめるのではなく、聖書の著者の意図を、その文脈の中から見いだそうとする姿勢です。聖書解釈の目標は、著者の意図を丁寧に読み取り、そのみことばに照らして、自分の考え方や生き方を見つめ直していくことが大切です。 神様とその御心を知るために聖書に親しみ、神の御心がそのまま自分の心となっていくことが大切です。そして、どのような問題に直面したときにも、聖書のみことばを思い出し、それを土台として答えを求めていくことが習慣となるべきです。
2.「素直に従う」とは、聖書を単なる研究や議論の対象とするのではなく、自分の生き方に関わるものとして受け止めることです。自分が納得できるみことばだけに従うのではありません。たとえ十分に理解できなかったり、心に引っかかったりするみことばであっても、それに耳を傾け、従うことです。 聖書記者の意図を理解したなら、自分の好みや考えを優先するのではなく、みことばに従って歩むことが大切です。そして、そのような歩みを重ねる中で、それがみことばにが生活に根づいていくことを願います。ですから、「聖書どおり」という精神の上に築かれた原則や慣行であったとしても、絶えず聖書に照らして見直す必要があります。間違っているものは改め、不足しているものは補いながら、より聖書に忠実なあり方を求め続けることが大切です。
3.この「聖書どおり」というスピリットを保つために欠かせないものが、流動性、多様性、そして柔軟性です。人間は習慣に支配されやすく、変化を好みません。特に、すでに良い実を結んできた慣行や方法を変えることには、大きな抵抗を感じるものです。しかし、聖書に照らして間違いや不足が見つかったなら、たとえ過去に有益であった原則であっても、必要に応じて見直し、変えていく柔軟さが必要です。たとえ「聖書どおり」を掲げていたとしても、そこに柔軟さがなければ、主が再び来られる日まで「家の教会」を健全に続けていくことは難しいでしょう。なぜなら、神様が聖書を通して教会について新しい気づきを与えてくださったとき、それを受け入れることができなくなってしまうからです。
反対に、「聖書どおり」という土台を失ったまま、流動性や多様性だけを強調するなら、「家の教会」が本来大切にしてきたものを見失ってしまう可能性があります。状況に応じて原則を次々と変えていけば、やがて新約聖書に見る教会と離れてしまうことになりかねません。したがって、流動性、多様性、柔軟性は、聖書を通して新しい気づきが与えられたときにこそ適用されるべきものです。主が願われた教会を、主の再臨の日まで建て上げ続けていくためには、「聖書どおり」という揺るがない原則と、「柔軟な姿勢」という二つを、ともにしっかりと握り続けなければなりません。
趙 南洙師
